セレブ妻バラバラ第9回公判
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《三橋歌織被告の第9回公判は、これまでと同様に東京地裁の104号法廷で開かれた。この日は歌織被告の精神鑑定を行った精神科医2人が証言する。証言台が2席並んでおり、2人の証人を証言台に並ばせ、同時に尋問する「対質」(たいしつ)と呼ばれるスタイルで行われるもようだ。検察側の背後には、プロジェクターで映し出すための大きな画面が設置されている。いずれも、裁判員制度を意識した取り組みだ》

《歌織被告は、今回も髪の毛を肩の下までまっすぐ下ろし、白いタートルネックに白いベストのダウン、白いパンツを身に着けている。予定より2分早い9時58分、河本雅也裁判長が開廷を告げる》

裁判長「本日は予定通り、両鑑定人の口頭報告を行う」

《スーツ姿の精神科医2人が、大量の書類を抱えて入廷してきた。前回の公判の最後、裁判長は精神鑑定について、「弁護側が主張していなかった責任能力に関する疑問点が浮かび上がっている」と述べ、責任能力に何らかの疑いがあると鑑定人が判断していることを“予告”している。鑑定人はどこに問題を見出したのだろうか》

裁判長「両鑑定人の鑑定結果はそれほど相違しないと聞いている。時系列に分けて聞いていく。では木村先生の方からお願いします」

《まずは裁判長から向かって左にいる、弁護側が請求した「こころのクリニック石神井」の精神科医、木村一優鑑定人が鑑定結果の読み上げを始めた》

木村鑑定人「まずは生育歴を報告したい。歌織被告の最初の記憶はトイレで父にぶたれているところだった。おそらく幼稚園に上がる前のことで、便座の上で『ごめんなさい』と叫んでいたけどやめようとしなかった」

《小学生になって以降も、証人として法廷でも証言した父親の暴力が、歌織被告に大きな影響を与えたことを指摘していく》

木村鑑定人「小中学校のとき、色んなことがあったはずだがあまり覚えていない。ただ、父がかなり体罰に近いことを繰り返していた。父は弟の野球に熱心で、何事も弟の野球優先。歌織被告は父の顔色をうかがっているという状況だった」

木村鑑定人「高校は女子高。父が決めた。大学も父が決めた。父は昔から『女はスチュワーデスになるもんだ』という勢いだった。歌織被告は経済学部に行きたがったが、『お前、男漁りに行きたいのか』と言われた」

《分析の報告は、歌織被告の性格に移る》

木村鑑定人「何人かの知人が語っていることによれば、明るくて優しく、単純で純粋。喜怒哀楽が激しいなど、聞き直すと少しニュアンスが違うところもあるが、さまざまな表現があった。視野が狭い印象があり、物事を第三者的に、客観的に見ることが少し苦手な傾向がある」

《話が熱を帯び、木村鑑定人は大きな手ぶりを交えて説明している》

木村鑑定人「生育の注目点は、父からの暴力や体罰。父は否定していたが、(父と母の)別々に聞くと、頻繁にあったことが語られた。理由を説明することはなく、『泣けば許されると思っているのか』と追い打ちをかけるような状況だった。父の暴力は虐待の構図に近く、深刻な心理的影響が推認される」

《「虐待」という言葉で父による暴力の実態を表現した鑑定人。その非難は母へも向かう》

木村鑑定人「父は家族の意見に従うことは少なく、母も止めずにいた。結果として、きつい言い方だが共謀関係になる。母にも不信感を抱いたことがあったようだ」

《歌織被告は前を向いたまま涙を流し、手でふいている》

木村鑑定人「DV(配偶者間暴力)によってなぜ両親が保護しなかったのか。ここに最大の理由がある。感情を安定させることができず、動揺しやすくなったり、鈍くなった。常に叱責を受けていると、いちいち傷ついてはいられなくなるからだ。対人関係でも警戒したり、深い関係にならない傾向になる」

(2)に続く