都内在住の70代男性は、ふと子供たちの言葉遣いに疑問を持った。
「あるとき学校まで孫を迎えに行ったら、孫が同級生と『加藤さん』『原田さん』と呼び合っていたんです。会話は子供らしく『ふざけんな』とか『それ、ヤベェよ』とか言ってるのに、名前だけは呼び捨てでもあだ名でもなく、丁寧に『さん付け』で呼び合っている。本当に仲がいいのかな、と思ってしまいました」
いま、同級生や友人の名前を呼び捨てにしたりあだ名で呼ぶことをせず、名字に「さん」を付けて呼ぶ小学生が増えている。埼玉県の小学校に勤務する現役教師はこう語る。
「私も自分のクラスでは生徒同士に『さん付け』をさせています。そのメリットとして、明らかにケンカが減った、という教師としての実感があるからです。相手を怒鳴る前に自分の頭の中に“さん”が浮かぶと、ちょっと冷静になるんでしょうね。
あだ名で呼ぶことは、いまの小学校では考えられません。それくらいイメージが悪いのです。理由は、あだ名で呼ぶことでいじめと捉えられる可能性があるからです」
実際に小学校では「あだ名の禁止」や「さん付け」などの丁寧な呼び方をすることを規則に定めることで、いじめを防止しようとする動きがある。広島県のある公立小学校では「生徒指導規程」において〈人の名前は呼び捨てにしない。あだ名等で呼ばない〉と定めていることをホームページ上で公開している。
文科省OBで京都造形芸術大学教授の寺脇研氏によると、近年多くの小学校で、いじめの防止のために略称や愛称なども含めてあだ名を禁止しているという。寺脇氏が言う。
「あだ名禁止の要因として、2000年代にいじめによる悲惨な事件が多発して文科省による『いじめの定義』が変わっていったことが挙げられます。
滋賀県のいじめ自殺事件(*注)を受けて2013年に施行された『いじめ防止対策推進法』に伴い、いじめは生徒が〈心身の苦痛を感じているもの〉と、定義された。あだ名は体の特徴を捉えたものも多いため、『あだ名の禁止』などの校則を定める学校が増えています」